進徳幼稚園 Shintoku Kindergarten

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幼稚園の歴史

進徳幼稚園設立の動機

山梨県に於いては明治21年9月山梨県立師範学校附属小学校に初めて幼稚科が置かれたが、同27年4月附属小学校より分離して山梨県師範学校附属幼稚園と改称された。 これが山梨県幼稚園のはじまりである。その4年後、明治31年県の都合でこの本県唯一の幼稚園 が廃止されることとなった。 当時同園に主任保母として勤務していた進徳幼稚園創設者「進藤津る」は、「県内に一つの幼稚園もなくなりこの大切な事業が中断されることは甚だ遺憾である。 何としても幼児教育の灯を消してはならない。」として、「適当な幼稚園が出現するまでの継ぎにも」と勇敢に立ち上がった。 資力もなく二児を抱かえた未亡人の津るは、当時、甲州財閥の開祖といわれた若尾逸平が所有する甲府市紅梅町の一角に二百坪の土地を借り、二つの保育室と事務室、 それに「お付き部屋(子供の付き人が保育時間中待っている部屋)」を作り園舎とし県の認可を受け、明治31年4月2日、『進徳幼稚園』と名付け開園 した。 附属幼稚園が閉鎖されて僅か十日後であった。

進徳幼稚園のあゆみ

明治36年
甲府市桜町(現、丸の内一丁目)に園舎を新築。
明治大正昭和を経て、60年間ここにて教育にあたる。
昭和22年
進徳幼稚園PTAの発足。
昭和27年
園の財産のすべてを寄付行為して法人としての認可を受け、学校法人進徳幼稚園となる。
昭和36年
スクールバスによる園児の送迎を始める。
昭和40年
マーチングの指導が始まる。
園の近代化を進めるため現地湯村2丁目に園舎を新築移転する。
昭和42年
山梨県立女子短期大学の開設に伴い、教育実習生受け入れ協力園となる。
昭和49年
第一回サッカー大会が行われる。
昭和50年
幼児用プールが完成しドル平泳法を取り入れた水泳の基礎指導が始まる。
昭和51年
鉄筋園舎の増築をする。
昭和54年
自然観察農園が設置され、いもの栽培が始まる。
昭和56年
この年より毎年夏に年長児は一泊二日のお泊まり保育を行うようになる。
昭和57年
卒園生よりお神輿2基の寄贈を受け、この年より毎年秋にお祭りが開催される。
昭和59年
中国四川省友好訪問団が来県、本園を視察し園児となごやかな親善を交わした。
昭和63年
創立90周年記念式典を挙行し、記念誌を刊行。各種記念行事を行う。
平成7年
園舎の増改築を行う。
平成10年
創立100周年記念式典を挙行し、記念誌、記念VTR刊行。
平成11年
青少年赤十字に加盟。
平成12年
2つ目の友情の人形「タマラ」来園。
平成13年
プールに有害紫外線除け屋根設置。
平成15年
遊戯室棟の改築を行う。
平成20年
毎週一回の親子登園「たまご組」がスタートしました。
平成27年
幼保連携型認定こども園として認可を受けました。

その他、文部省より依頼の研究、そのための出版物の発行など、本県の教育研究の発展についても貢献している。